明治15年 河水久澄 明治天皇御製百首 東洋生命保険株式会社奉公部
公害のことを詠っているのでしょうか?
日本の公害年表・表紙
これを見ると、足尾銅山鉱毒事件の年が明治16年になっています。
田中正三が命がけで天皇陛下に直訴状を渡そうとして、とらえられたのが明治34年。
明治天皇は自ら洋装をし
「人もわれも道を守りてかはらずばこの敷島の国はうごかじ」と詠われていました。
大切なところは守り、国を守るため強くなるためかえるところはかえる。
日本発展のための弊害=公害について、美しい日本が汚れるのは悲しいと思っていたと思います。
公害について詠った、初めての天皇陛下になるのでしょう。