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愛国短歌 国を愛する気持ちを短歌にこめて

ふるさと日本を大切に思う気持ちを表現したい。短歌は心のままを歌うもの。だから言葉を飾らず素直な気持ちで歌います。

眞菅(まそが)よ蘇我の子等は

推古天皇御製


眞菅(まそが)よ蘇我の子等は  

馬ならば日向(ひなた)の駒

太刀(たち)ならば呉(くれ)の眞刀(まさひ) 

宣(うべ)しかも蘇我の子等を

大君(おほきみ)の使(つか)はすらしき

 

先日 舒明天皇の御製を紹介しました。

 

 

otentokazin.hatenablog.com

 

その前の推古天皇は歌残ってるかなーと探したところ、ありました。

 

しかーし、民草への歌ではなく 蘇我氏を褒め称えている歌。

蘇我氏推古天皇の出身母体でもあり、当時の政権の中枢を 天皇をこえてコントロールしようとした、大臣。

後に中大兄皇子大化の改新前に殺害されていますが、推古天皇との関係はよかったのですね。摂政をしていた、聖徳太子の和歌はあるか?というと、

ありました。

 

 

しなてる片岡山に 

飯に飢えて臥せる 

其の旅人あはれ 

親なしに汝(なれ)なりけめや 

さす竹はや無き

飯に飢えて 

臥せる 其の旅人あはれ

 

なんだかこちらのほうが、為政者が民草をうれいてくれていて嬉しいような・・・

 

御製に學ぶ日本の心 23|時代おくれ侍のブログ

 

この歌のあとの出来事が聖徳太子・聖人伝説になっているので調べてみると面白いです。

しかし、このときの気持ちー旅人が餓えて倒れている光景。ただただあわれ。

推古天皇の御製には共感できなかったけれど、こちらは民への愛なので、返せそうです。

そこで返歌です。

 

旅人の あわれな様子に心寄せる

わが君優しさ 誇らしけれ

 

なんだか聖徳太子の側近になった気持ちで歌ってみました。

 

ふと思ったんですが、天皇陛下というか聖徳太子推古天皇もおぼっちゃまお嬢様育ちで、餓えたことや貧しい思いをしていないですよね。

どうやって憐れみの心を養ったんだろう・・・